発達障害な僕たちから

発達障害と診断された、ヒロ・アオキとその仲間達が日常生活での生きづらさや奮闘を素直に綴っていきます。よろしくお願いします。

発達障害者支援 僕と母とアスペルガー

 

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      一緒にいる友達がいる。一人ではないそのことを感謝したい。

 

 

 

小学校の授業が僕にはなにもわからなかった。

小学校の集団行動にはついていくことかできなかった。

同級生からは距離を置かれていた僕。

 

 

学校という世界から追放処分を受けたようなもの。

 

 

僕は小学校から退却した。

 

 

僕の家庭には独自の価値観があった。

母は言った。

「おばあちゃんから、こうしなさいといつも言われ続けてきた。私はそのようにしてきた。」

 

 

いつの間にか僕の心の真中にその価値観がどっしりと腰を下ろしていた。

しかし、残念だけど母の期待には答えられなかった僕。

 

 

母は母で自分の価値観に添うように僕を訓練した。

字はていねいに書きなさいと痛がる僕の手に輪ゴムで鉛筆をくくりつけた。

正解が出るまで夕食はお預け。

 

 

ぐずる僕を真冬のベランダに出した母。

 

 

 

学校も家にも僕が安心していられる場所はなかった。

僕は自分のへやの中にひきこもった。

そうしないと生きていくことができないほど心が消耗していた。

 

 

学校に行かないという選択をするにはとても強い勇気が必要だと思う。

「みんなが行っている学校というところに行かない」ことがどういうことなのかわからなかったから。

 

 

 

ひきこもっている時、不安と孤独が押し寄せてきて、僕は発狂しそうになった。

そのことからも逃げ出さなければならなかった僕。

ゲームがインターネットが僕のシェルターとなった。

 

 

「ひきこもるのに理由はないのです」したり顔の評論家がテレビで吐いている。

 

 

不登校ではなく登校拒否なのです」ザアマスおばさんが力強く話してる。

 

 

「人生のある時期ひきこもるという行為が必要なのです」そう解説していた番組を僕は消した。

 

 

その人たちの言動が僕をより孤独に追い詰める。

 

 

僕には家庭を出ることが必要だったんだ。

家族とは違う人たちと新しい価値観を作り直していく作業が僕には必要だった。

 

 

 

様々な価値観そして状況が異なる人たち。

 

 

国が違い肌の色が違う人たち。

余命いくばくもない子ども。

ホスピス病棟にいる患者さん。

 

 

今日食べるものがないにもかかわらず、決して笑顔を忘れない子ども。

たくさんの尊い出会いをとおして僕の心は洗われていった。

 

 

 

その人たちとの出会いがやがて僕のなかに強く根付いていた古い価値観をぶち壊してくれたんだ。

 

 

 

そうして長い時間をへて、僕は新しい価値観を手に入れた。

 

 

 

僕は一人の尊い人間だという考え。

何かをしたからではなく僕の存在自体がかけがえのないということ。

 

 

家を離れ、たくさんの第三者の人たちとの出会いがあり僕は再生した。

覚醒したんだ。

 

 

僕は今与えられたこのいのち、時間をどう使おうかと日々考えている。

この経験を決して無駄にはしたくないんで。

そんなことを考えていたこの週末。

 

 

また明日です。

 

 

勘違いしないで、覚醒した今の僕は母を心から大切に思っている。

 

 

いつかきっとまた母に会える日が来る。

もちろん母は変わっていないだろう。

それでいいと思っている。

 

 

僕が変わればいいことだから。

ただその時に立派に成長した僕の姿を見せたい。

ただそれだけのこと。

 

 

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