発達障害な僕たちから

発達障害と診断された、ヒロ・アオキとその仲間達が日常生活での生きづらさや奮闘を素直に綴っていきます。よろしくお願いします。

発達障害者支援 先生殴って高校退学した俺が再起できたたった一つの理由

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「フィリピン、夢と希望をありがとう」と絶叫したお前を忘れない。

 

 

30度のバンコクからインフルザ大流行の日本に帰国したYです。

みなさまお元気でいらっしゃいますか。

あのバカヒロも俺がいないうちに回復しましたね。

 

 

まあ昔のあいつを知る連中は、「一生寝込んでやがれ」と思うでしょうね。

まあブログを見る限りでは今は変わったみたいですけれどね。

 

 

で、なんで俺の現状をバラすんだ。

時系列で書いていて最後に、読者の人たちを「おっ」とと言わせようと企んでいたのに。

 

 

青木さんそれはないですよ。

(ヒロさんが自分で調べましたよ by 青木)

 

 

 

まあいいですけれどね。

前回からの続きを書きます。

 

 

俺は苦手な勉強がわかるという体験をして自分に自信が持てました。

勉強には本当に傷つけられたから。

 

 

そんな自分がもっと大きく変えられた経験をしました。

その出会いがこの女性、サポートセンター名古屋でスタッフをしていたKさんです。

 

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   8年前ケイさんとバカヒロ。鼻の下伸ばしてんじゃねえよ

 

 

俺はこの女性がどちらかというと苦手だった。

とにかくよく笑うしまた周りを笑わせていた。

で、バカヒロ始め多くの日本人青少年を虜にしていた。

 

 

俺はタイプじゃない。

綺麗じゃないし、歯並び悪い。

気軽に人の体にさわるから嫌だった。

 

 

 

しかし、辞書と数冊の教科書で日本語を覚えたとケロリと話すケイさんに只者ではないと感じていた俺だった。

 

 

彼女の存在はあのバカヒロが英語の猛勉強を始めたことにも一役買っていると思う。

 

 

 

そんなケイさんがある時から僕たちの前に姿を見せなくなりました。

それはマニラで記録的な長雨が降り続いていた時だった。

 

 

青木さんが突然、支援をしている青少年たちに声をかけてケイさん宅の訪問に向かった。

全員ドロドロになっても良いような服に着替えさせられた。

 

 

バスは途中、市場に寄り大量の缶詰と乾パンとアルコールを乗せた。

車内からの風景が次第にくすんで行く。

締め切った窓から鼻の奥を刺すような異臭がしてくる。

 

 

発達障害の僕らは嗅覚過敏な子が多くてバスの車内は咳き込む人が続出した。

バスが到着したのはテレビでやっていたニュースの場所だった。

 

 

 

川の氾濫でたくさんの人が行方不明になっているというニュースを思い出した。

彼女の家族も例外ではなかった。

 

 

続きは明日です。

 

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