発達障害な僕たちから

発達障害と診断された、ヒロ・アオキとその仲間達が日常生活での生きづらさや奮闘を素直に綴っていきます。よろしくお願いします。

発達障害者支援 僕は結婚してはいけない人

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ヒロのブログをよんで一番心に残ったことはヒロが僕より随分大人になった気がしたこと。

正直あのヒロがこんなに変わっていたなんて思いもしなかった。

 

 

ボランティアを一生懸命やっている。

あいつが人のために何かやるなんて昔のヒロを知る人は誰も想像しなかっただろう。

 

 

「お金にならないことはしない」それがあいつだったから。

 

 

わからない。

僕には衝撃に近いものを感じた。

彼女との2ショット写真のヒロは自信に満ち溢れている。

 

 

 

結婚も考えていて子どもと楽しく過ごしていきたいと書いてあった。

僕が行くことができない世界にヒロは行くことができている。

 

 

そのことがとても羨ましかった。

 

 

僕は結婚してはいけないということをわかっています。

結婚して僕のような子どもができると大変なことになるから。

 

 

僕が幸せになれないから。

 

 

お母さんは僕の子育てが大変だったと話してくれた。

成長するにつれ僕が他の子供たちと違って行ったこと。

みんなの輪の中に入っていけなくていつも1人だったこと。

 

 

中学に入るといじめがあって殴られたり、蹴られたりした。

お母さんはそんな僕を見て泣いていた。

いつもいつも泣いていた。

 

 

学校の担任の先生と何度も話し合いを持ったがいじめはなくならなかった。

父が仕事が忙しくて僕のことを考えてくれないといつも両親は喧嘩をしていた。

 

 

その光景を見るのは辛かった。

 

 

お母さんは僕の居場所を探してくれた。

フリースクールが僕の居場所となるはずたった。

しかしそこでも僕は他の人たちと上手くいかなかった。

 

 

 

職員の人たちはみんな優しかった。

でも僕には僕のペースがあったので他の人たちと同じことをやらされるのがとても苦痛だった。

 

 

二つ目のフリースクールは自由にやらせてもらえるところだった。

何がしたいのか一緒に探そうと優しく言われた。

しかし、何をしたいのか何もわからない。

 

 

わからないのに、何をしたいのかと何度も聞かれるのでとても疲れてしまいいかなくなった。

 

 

お母さんはなんとかして僕の居場所を探し続けてくれた。

三番目、四番目。。。。

僕はもう家から出ないことに決めた。

 

 

自分の部屋こそが僕の居場所。

誰も侵入してこない、平和な場所だからです。

もう他人と会うのはこりごりだった。

 

 

しばらくお母さんは僕をそっとして置いてくれた。

僕が部屋でしていたことはゲームと2ちゃんねるなどの書き込みを読んでいた。

 

 

毎日が同じことの繰り返しだった。

 

 

4年間引きこもっていて20歳になった時僕は死んでしまいたいと感じ始めた。

僕だけがみんなから遠くはなされていることはわかっていた。

 

 

あえて考えないようにしていたけれど、20歳という現実は

避けて通れなかった。

僕はみんなから遠く遠く離れた場所にいる。

 

 

そのことが頭から離れなくなっていた。

 

 

 誰も僕の存在に気づかない。

たとえ今、僕が死んだとしても両親以外誰も僕の死を悲しむ人がいないということがわかった時、僕は恐怖に包まれた。

 

 

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