発達障害な僕たちから

発達障害と診断された、ヒロ・アオキとその仲間達が日常生活での生きづらさや奮闘を素直に綴っていきます。よろしくお願いします。

発達障害支援 回復の決め手1 俊介

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   サンダルに靴下はないだろう BY 青木

 

 

 

10年間ひきこもっていた人が一年間程度の支援で回復しますか

回復にはどんな支援が決め手でしたか

あなたは実在する人ですか

 

 

いずれもお子さんが10年近くひきこもっていらっしゃる。

そして発達障害と診断されているお子さんをお持ちのお母さんからのご質問です。

三番目の質問には思わず笑ってしまいました。

ごめんなさい。

 

 

年末に予定されている書籍の中で僕も顔を出してさらに文章が載りますので是非お買い求めください。

また、新聞社の方とのインタビューもちかじかあるそうですので、是非新聞でもチエックしてみてください。

 

 

ぼくはこの世に実在する人間ですよ。

それほど、僕が回復したということが驚きを持ってとらえられているんだとわかりました。

 

 

以前にも書きましたが、ぼくはまれなケースだということです。

サポートセンター名古屋20年近くの支援の中でも一年で社会に戻ることができた例はわずかだということです。

 

 

 

なぜ社会に戻れたのか?

実はまだ社会復帰した実感が強くないのです。

でも何かお役に立てるかと思いますので書きます。

 

 

回復の決め手を一言でいうなら「希望を見つけられた」ことです。

 

 

昔の自分のことを書きますね。

中学時代からみんなについていけない自分を感じていました。

勉強は平均でしたが、人と関わるのが特に苦手でした。

 

 

友達と遊ぶということもできませんでした。

でもまあ一人で遊ぶことはできたので、それほど孤独は感じませんでした。

それであまり考えることもなく、高校を卒業して大学に入りました。

大学はみんなが行くので自分も行くものだと思っていました。

 

 

 

転機は大学入学式に訪れました。

大学生活に関しては何も想像はしていませんでした。

⚪️⚪️駅下車して15分ほど坂道登っていけば正門に着く。

 

 

入学式の日時をチエックしてその日に備えました。

入学式当日パニックを起こしました。

たくさんの人波を見て怖くなったのです。

 

 

詳しくは下記のブログをお読みください。

 

smilehousejapan.hatenablog.com

 

それで10年間ひきこもってしまいました。

あっという間の10年でした。

 

 

回復の決め手ですよね。

 

 

青木さんが僕の家を突然訪問してきたとき、僕を無理やり連れ出して仕事につけるんだろうと想像しました。

 

 

「なんか楽しいことある?」

確かこれが青木さんの第一声だったと思います。

 

 

 

僕の反応は「えっ」でした。

・・・・・・

無言の僕です。

 

 

これからは楽しいことをしてもらいます。

「はぁ」

・・・・・・

 

生きていてよかったと思えるような体験を一緒にやろう

「うん」

・・・・・・

 

 

時間にしてわずか数分です。

僕の返答は「えっ」「はぁ」「うん」でした。

 

 

そのあと唯一の僕の時間つぶしであるゲームの話題になりました。

僕と青木さんはゲームの趣味が合いました。

青木さんが僕の好きなゲームの話題を投げかけてくれた時、初めて声に出して返事をしました。

 

 

ゲームの話が終わったら、「明日パスポートを作るので一時に迎えに来ます。9日後にフィリピンに行きます。

風邪をひかないように。」

そう言って去ってきました。

ぜんぶの時間にして30分もかかっていないと思います。

 

 

長くなりましたので明日に続きます。

 

 

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