発達障害な僕たちから

発達障害と診断された、ヒロ・アオキとその仲間達が日常生活での生きづらさや奮闘を素直に綴っていきます。よろしくお願いします。

発達障害支援 日本に帰国する。俊介

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   ここのステーキ最高でした!!左は先生の大野さんです

 

 

 

フィリピンでの生活が1年以上経ちました。

英語学校もひとつの区切りを迎えました。

サポートセンター名古屋のスタッフと話し合いの時間を持ちました。

 

 

「フィリピンでの生活はどうですか?」と聞かれました。

ここでの生活が僕を前向きにしたことは間違いないです。

自分でも変わったということを自覚していましたから。

 

 

青木さんが言いました。

「日本で働くことにチャレンジしたいんじゃないの?」

僕は驚いてしまいました。

 

 

てっきり、このままフィリピンに居続けるものだと思っていましたから。

 

 

「僕はここにいては邪魔なんでしょうか。」

思わず聞き返しました。

「日本でリベンジしたいんでしょ?」

 

 

僕は自分に寄り添ってくれているスタッフには、言ったことがありました。

日本で働いた経験がない。アルバイトもしたことがない。

友達もいなかったし、マクドナルドで自分で注文したこともない。

 

 

今一度、日本での生活をじっくり体験してみる必要を感じていました。

いろいろと考えて、一度日本に帰ることにしました。

 

 

 

日本に帰国してからは、母が再びひきこもるのではないかととても心配していましたが、1年前の自分とは違うことがすぐにわかったそうです。

僕は履歴書を買い、何枚も記入したのちハローワークやインターネットで仕事を探しました。

 

 

 

わかったこと。

職歴なし、学歴なし、バイタリティ少しの僕は日本の社会には必要とされていないことがよくわかりました。

僕がいいなと思った仕事はことごとく面接でさえたどりつけないんです。

それに競争率がとても高い。

 

 

これが日本で自分が置かれている立場だということがよくわかりました。

青木さんに報告したくて、電話をしてしまいました。

「で、今の気持ちは?」

報告し終わった後に青木さんが聞いてきました。

 

 

 

「働く経験がしてみたい。どこでもいいです。」

それから一週間後、アルバイトが決まりました。

 

 

 

一週間はとても長く感じました。

怖いんです。

 

 

 

「今まで何をしていたの?」

必ずそう聞かれるから。そう聞かれたら、「フィリピンでボランティアをしていました。」そう言えば、それ以上のことは聞いてこないよ。

もし、冗談が通じそうな人なら、「自宅警備員」ですとニコニコしながら答えなさいと青木さんがアドバイスをくれました。

 

 

不安に押しつぶされそうになって、フィリピンのスタッフにスカイプで毎日話していたことを思い出します。

僕の動作を見るとだれでもすぐにおかしいことに気づきます。

それに、自宅にひきこもっていた30歳の男ということがわかってしまうと、差別を受けるのではないかと不安でしかたがなかったです。

 

 

 

絶対に守ること。

 

1、始まる時間の30分前にはタイムカードを押すこと。

2、終わりの時間が来ても誰かに「もう終わりだよ。」と  言われるまで働く事。

3、間違えたら、直ぐに「ごめんなさい。すみませんでし  た。」を1回、ゆっくりと相手の人の目を見て言うこ  と。

4、帰るときに、だれかにあったら「さようなら」と言う  こと。

 

 

僕の新しい人生が、日本で始まります。

 

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