発達障害な僕たちから

発達障害と診断された、ヒロ・アオキとその仲間達が日常生活での生きづらさや奮闘を素直に綴っていきます。よろしくお願いします。

発達障害支援 新たな死に場所フィリピンへ  ヒロ

f:id:smilehousejapan:20130307183917j:plain

 

 

まず最初に、お礼を申し上げなければなりません。

このブログを読んで、僕のことを励ましてくださるメールを頂きました。

 

 

 

スタッフから内容を見せてもらいました。

僕は、心の底からこみ上げる何かに突き動かされて、がまんができなくなって、部屋の外に出て、思いっきり、全速力で走ってみました。

 

 

 

「うれしかったです」

訳が分からないけれど、笑ってしまいました。

「うれしかったな」

 

 

 

スタッフの人が随分前から、「ヒロさんブログ書いてごらん」といわれていました。

「ブログ書くときっと応援してくれる人たちが出てくるよって」

 

 

 

スタッフが言ったことは本当でした。

僕はこのブログで生きながらえさせてもらっています。

「どうもありがとうございました」

 

 

 

こんなことだったら、中学のいじめられているときにでも、悲しくてつらい気持ちをブログで綴ればまた違った展開になっていたかなって思います。

もう終わったことだけれど。

 

 

 

「優しい言葉はいいな」

「誰かを励ますから」

 

 

 

僕は自分の恥部をどんどんさらけ出します。

青木さんにも言いました。

「もう長くないんだから、最後のご奉公で隠していること全部いっちゃいなって」

 

 

 

五十年も生かされていれば、俺よりもっと恥ずかしいこといっぱいしていますよあの人は。

 

 

 

まあ、人のことはどうでもいいです。

 

 

 

確かに、サポートセンターの仲間達には僕と同じ様に重い状況の人が多かったです。

みんな中学、高校とクラスにとけ込めず、アルバイト先でも、家族ともうまくいかずに、サポートセンターに流れ着いたんです。

支援を受けてほとんどの人が社会に戻って行くけれど、僕は支援者も驚くほどの程度の悪いアスペルガーなので未だに支援がとれないんですよ。

 

 

 

今では、IさんもOさんも落ち着いて働いていますよ。

 

 

 

 

で、僕は病院のベッドで寝ていた。

スタッフの一人が、僕の寝姿を見て、やっぱり泣いた。

このスタッフは良くなく人だから。

 

 

 


「ごめんなさい、私がもっと優しく支援してあげれば良かったのに」

はい、それを見てIさんも泣きはしなかったけれど、肩を落としてしょんぼりしていたそうです。

 

 

 

 

問題はもう一人のスタッフです。

この人はしっかりしていてちょっとのことでは動じない人です。

二人の様を見てイライラしたそうです。

 

 

 

「しっかりしなさい」ってつい大きな声を出したそうです。

それで、看護師さんから「ほかの患者さんにご迷惑になるので、お静かにしてください」となったそうです。

 

 

 

 

俺を死人にしたい人も入れば、「泣きばばあ」みたいな人もいて、ほんとサポートセンターは楽しいね。

 

 

 

僕は翌日目が覚めました。

お医者さんから問診があった後で、はい、ご帰宅ください

ということでした。

 

 

 

帰りに警察署に寄ってこってりとお説教を頂きました。

 

 

 

その日は、スタッフの部屋に泊まりました。

一人にしておくと良くないとのことでした。

「焼き肉食べに行こうか」

 

 

 

スタッフが気を利かしてくれたのですが、胃が荒れてしまっていて受け付けませんでした。

僕はどう生きたらいいのか、その答えを見つけることが依然としてできていませんだした。

しばらくして、やっぱりこの世の中で生きて行くには自信が持てない自分がいることに気づきました。

2度目は絶対に失敗はできない。

 

 

 

 

それを見透かしてか、青木さんがこういいました。

人生を変えようか。

環境を思い切って変えようよ。

 

 

 

フィリピンに行くよ!!

 

 

にほんブログ村に参加しています。

下記バーナーのクリックにご協力をお願いします。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ

にほんブログ村