発達障害な僕たちから

発達障害と診断された、ヒロ・アオキとその仲間達が日常生活での生きづらさや奮闘を素直に綴っていきます。よろしくお願いします。

発達障害支援 どうしてもどうしても母の誕生日にプレゼントしてあげたかった ヒロ

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僕はチラシ配布のアルバイトを10日間続けました。

4日間は雨がひどかったので、配布できませんでした。

「なんだ、たったの10日間か!!

多くの人はそう思うでしょう。

 

 

 

ごめんなさい、僕はヘタレなもんですから。

10日でも、僕は大変疲れました。

僕は大勢の人の中にいることが苦手だし、いろいろな音が混ざっている場所にいると「わぁー!!」ってなるから。

 

 

 

そんなんでも、頑張れたのは理由があったからです。

 

 

 

僕と母はしょっちゅう喧嘩をしていました。

今はもう6年近く母にあってはいません。

一番最後の母との記憶も大声で怒鳴り合った記憶です。

 

 

 

その母との怒鳴り合いの中で、部屋の片隅に置いてあった母のバックの画像がなぜかはっきりと思い出されるのです。

 

 

 

 

そのバッグは年季が入っていて、取っ手がぼろぼろでした。

バッグの表面もところどころはげています。

そんなバックだけれど、母はいつも大切に持ち歩いていました。

 

 

 

チラシ配布のアルバイトの面接の時、母の誕生日に新しいきれいなバッグを買ってあげようと突然思いました。

だから、僕はどんなことをしても、このアルバイトをものにしなければならない。

 

 

 

 

 

そう自分に言い聞かせました。

だから、面接してくれた人に、「頑張りますから、雇ってください。お願いします。」とこちらから一方的に頭を下げました。

 

 

 

「すごいやる気だね。シフトはどうしますか」

「毎日でもやりますから雇ってください。」

「わかりました。明日電話で返事をします。」

 

 

 

「どうしても、このアルバイトがしたいので、明日まで待てません」

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「そこまで言うなら、君に期待するよ。明日から来てください。」

「今から、働きたいです。」

 

 

「そんなん無理だよ・・・」

 

 

アルバイトに合格した帰り道、名古屋駅前の高島屋にバッグを見に行きました。

花柄模様のきれいなバックが目に入りました。

「これがいい、これならお母さん、喜ぶな」とてもうれしかったです。

 

 

 

値札を見たら、とても悲しくなりました。

「3万6000円」

「すみません、これまけてもらえませんか」

 

 

 

「お客様、申し訳ございません、定価販売です。」

「バーゲンはいつですか」

「もう終わりました」

 

 

 

「お客様、これはとても人気の商品でして、すぐに在庫がなくなってしまうかもしれません」

僕はどうしていいのかわからなくなりました。

腕組みして、下を向いてぶつぶつ言っていると、

 

 

 

「お取り置きしておきましょうか」と言われました。

「はい、お願いします。」と答えました。

 

 

 

「期限は一週間でございます。」

僕はとてもうれしかったです。

お母さんが、喜ぶ顔を想像しました。

 

 

 

しかし、お母さんの笑った顔って思い出せないくらい昔でした。

僕の発達障害からくるおかしさがまだあまりはっきりと出てこなかったときだと思います。

 

 

 

長くなったのでまた続きです。

 

 

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