発達障害な僕たちから2

発達障害と診断され、2次障害でひきこもった東大、青木、シンゴと50代男Aとスタッフ吉村が社会復帰目指す日常を綴りながら支援についても書いていきます。

フィリピンのボランティアに参加しました。ヒロ

「台風被害にあった地区へのボランティアに行ってきました」
12月4日にフィリピンのミンダナオ島を大型台風が通過しました。
ダバオの福祉事務所からスマイルハウスに支援の要請がきました。
それで、青木さんと僕とでクリスマスに現地に向かいました。

5時間の内、2時間は未舗装の道路だったので、車に酔ってしまい大変でした。僕は試験あけでくたくたでしたから、参加拒否を貫くつもりで、「スマイルハウスは国際救助隊ではないですよね。」とへ理屈をこねてしまいました。青木さんの「国際救助隊か、かっこいいな。サンダーバードのテーマ曲かけながら行くと、気持ちあがるな。」と聞いていない振りをしていました。
 

5時間かけてたどり着いた場所は地獄図でした。何もかもが洪水で流されて跡形もなくなっていました。長い人の列を発見しました。支援物資を待っている人たちです。責任者の人が、「朝の五時から並んでいるけどあなたたちが今日初めての支援者です」といわれました。時間はお昼になっていました。僕は列がどこまであるのか、最後尾まで歩いていきました。最後尾まで10分かかりました。

僕たちは皆様からいただいた古着1000着と20キロの米20俵
消毒液100本をお渡ししました。お米は1家族500グラムで小分けしました。僕は一人一人に、手渡ししましたが、まともに相手の目を見られませんでした。みてしまうと泣いてしまうからです。

 
一緒に連れくる予定だったハルは,体調が悪くなって来れなかったけど,(今回はこなくて良かったのかも)と思いました。なぜなら, 彼は東北地震の津波被害で身内を亡くしていたからです。この様子を見たら,きっとつらい事を思い出してしまうから。それほど現地の状況は悲惨でした。みんな僕たちの物資を待っていてくれていました。

僕は,やはりボランティアに参加して良かったです。よくいわれる事だけど,やっぱりボランティアは自分のためだなと思いました。

ぜひ、子どもたちにボランティア活動をさせてください。
ご支援をありがとうございました。