発達障害な僕たちから2

発達障害と診断され、2次障害でひきこもった東大、青木、シンゴと50代男Aとスタッフ吉村が社会復帰目指す日常を綴りながら支援についても書いていきます。

発達障害支援 俺は何番目ですか。 ヒロ

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  七年前の俺です。パソコン検定に向けての練習風景です。

  この時には今の俺を想像なんかできなかった。

 

 

新しい新居が俺にとっての、安全基地だという事でした。

もう、誰も俺を傷つけたりしない。

そう思ったら、少しだけ安心したけれど、不安や怒りは消えなかった。

 

引っ越しただけでは、消えるわけないです。

「よし、希望をつかんだ、未来に向けて頑張るぞ!!」なんて、簡単にはいかない。

2年前に父親の記録ノートを見て、驚いた。

 

「ヒロは大変難しいケース。」

「発達障害から来る困難さだけではなく、二次障がいでの新たな困難さがある」

「24時間支援体制で社会参加できるまで5年はかかる」

「落ち着き、自信ができるまで、家族とは会わないほうがよい」

 

サポートセンター側との話し合いの記録が残されていた。

支援開始1年目にサポートセンターのスタッフに「俺は何番目ですか」と聞きまわった。

誰も、答えてくれなくて、青木さんに聞いた。

 

どうしても何番目か聞きたかったから。

支援開始3ヶ月後にも同じ質問をした。

その時ははぐらかされた。

 

1年目には、答えを聞くまで、てこでも動かねえと覚悟した。

「嘘はつけないから、本当の事を言うけれど、一番難しい状況だよ」

覚悟はしていたけれど、悲しかった。

 

「で、この先、俺をどうしよう思ってるんだ」

「何度も同じ事を言うよ、高校、大学卒業、それと何が得意かを探し出し、それを極る」

「あのさ、脳みそ腐っている俺ができると思う?

 

「できると思っているから、そう言うんだよ」

青木と言う男は、単純に嘘つきだと思った。

口からでまかせばかりいいやがる。

 

この世の中で、誰が俺を高校卒業まで導くんだ?

ものすごくバカにされていると思ったので、青木を殴り倒してやりたいと思った。

 

しかし、22才で高校を卒業できた。

今は大学に通っている。勉強は大変だけれど、楽しい。

2年前に、青木さんにもう一度同じ質問をした。

 

「俺はいま何番目ぐらいですか」

「今は一番だよ」

「おい、いつまで一番なんだ、これだけやってもまだ一番なのか」

 

「バカにするのもいい加減にしろ」

汚い言葉を青木さんに投げつけた。

話疲れたら、青木さんがこう言った。

 

「今は一番期待しているんだよ。」

この言葉を聞いたとき、男ヒロはうれし泣きをしてしまった。

確かに、これだけ悪い状況でも、ここまで良くなるという見本が俺だから。

 

でも、これって、喜んでいい事なのかな。

 

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