発達障害な僕たちから2

発達障害と診断され、2次障害でひきこもった東大、青木、シンゴと50代男Aとスタッフ吉村が社会復帰目指す日常を綴りながら支援についても書いていきます。

名古屋駅の切符売り場でフリーズし叫ぶ俺。 ヒロ

 

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 嬉しかった!!講演会の後に花束もらったから。

 

 

 

スタッフが俺に何を感じたのかを聞いてくれたんだ。

 

 

「怖かった。小、中学校の時にように誰かから、突然言われなき暴力を振るわれる気がして心が休まらなかった。

 

 

後ろから、前から頭の上から、下から足を引っ張られて地中深くに引きずられる。

そんな感じが全身を襲った。

それと音。

 

 

雑踏の音。

人の声。

しかも、雑踏の中で中国語とハングルがやけに鮮明に聞こえてきた。

 

 

僕はあの言葉たちのリズムが生理的に合わないんだ。

それらが混じり合って、より強力な塊となって僕に迫ってきた。

 

 

そしてもう1点。

切符の買い方で戸惑ってしまった。

 

 

切符の買い方がわからないんだ。

画面の変わり方も早いし、画面の中にたくさんの情報が詰め込まれていて、それらを瞬時に把握できないおいらだ。

 

 

こういう時には少し大きな声を出して確認しながら買うんだ。

 

 

 

「新幹線を利用します。」

「本日です。」

「行き先の駅名は東京です。」

 

 

という具合です。

 

 

しかし、僕はフリーズしてしまった。

東京都内とか東京駅までとかいう表示が出てしまって、意味がわからない。

少し自分で考えてみたけれど、意味がわからなかった。

 

 

 

ふと後ろを見るとたくさの人が僕が切符を買い終えるのを待っていた。

 

 

僕はそれを知って、頭の髪の毛がそうだちするような感じになった。

顔がひきつるというのはこういうことなんだなと理解した。

 

 

手が震えた。

「どうしよう。どうしよう。」

「わからない。理解できない。」

 

 

突然後ろの人が咳払いをした。

「おい、てめえ。早くしろや。このバカ野郎。お前なんか新幹線に乗るんじゃねえよ。」

 

 

後ろにいる人たちが全員そう思っていると気づいた。

「間違えた。今日は名鉄電車だった。寝ぼけてるな俺。」

そう声に出していうと、その場から一目散に駆け出した。

 

 

俺が新幹線の切符を買えないことを周りに悟られないために。

 

 

走った。

走った。

「いけねえ、田中のやつ怒ってんな。寝坊しちやったからな俺。悪いことしたな。」

 

 

声がしたんだ。

「おい、みんなあいつを見ろよ。そうだよ全速力で走っているあいつだ。」

「あいつには友達が1人もいないんだ。小、中、不登校だし」

 

 

「なあみんな、あいつは生きている価値がないね。早く死んじゃいなよ。」

 

 

俺はその声が大きくなるのを防ぐために、必死だった。

 

 

 

ここから少しでも早く遠くに逃げ出さないと。

タクシーに乗った。

運転手が振り返っておいらの顔を怪訝そうに覗き込む。

 

 

「お客さん、何人?」

「イングリッシュプリーズ。ホエア 場所どこ行くの?」

いつのまにかフィリピン語で運転手に話していた俺がいた。

 

 

「助けてください。お願いします。」

「僕は静かに生きたいだけなんです。」

 

 

「許してください。」

「お願いします。」

 

 

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程度の悪いアスペルガーの俺でも生きていたい。ヒロ

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とても落ち込んだ。

 

 

日本にいたことがさらに良くなかった。

フィリピンだったら落ち込んでいる俺を発見したスタッフによって俺はすぐに蘇生されただろう。

 

 

しかし、日本では違ったんだ。

 

 

俺が日本に帰っているということを聞いて、「久しぶりに会いましょう。」と言ってくださった人がいて、その人に会うために俺は東京に行こうとしたんだ。

名古屋駅に行った。

 

 

すごい人だった。

しかも、日本語より中国語の方がたくさん聞こえて来た。

「中国みたいに混んでるな。」

「チケットの購入場所はどこだ」

 

 

中国人だけではなく、ロシア人、東欧系、アメリカンと国際色豊かになっていた名古屋だ。

その中には日本のビジネスマンたちも数多くみられたんだ。

 

 

「ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ」と隊列をなして動き回るジャパニーズビジネスマン。

俺は歩みを早めた。

 

 

右手に大学生らしき集団を発見した。

すぐに目をそらした。

そらした先には、仲良し高校生の2人組。

 

 

みんなが俺を監視している。

俺を傷つけようとその隙を見定めている。

「イソイデ、コノバカラ、ニゲナイト。」

 

 

「ヤツラニ、ミツケラレル、ソノマエニ。」

「ゼンソクリョクデ、ニゲロ。」

 

俺は走った。

「間に合わない。間に合わない。」と独り言を放ちながら走る俺。

俺がヤツラに気づいたということをヤツラに悟られないために。

 

 

名古屋駅の外にでた。

とにかく早くここを離れないと。

命の危険を感じた俺は、たち止まらずに走る。

 

 

気づいたら、サポートセンターの事務所の玄関前に立っていた。

情けなくて涙がでた。

俺は29歳の俺ではなく、中学生の俺に戻っていた。

 

事務所を出てから、連絡がないことを心配したスタッフからの電話が鳴り続ける。

出られない。

話す気力がない。

 

頭の中を恐ろしい言葉たちがとびかう。

「生産性のない者たちはすぐに存在を消去しろ。」

「早く、死ぬんだ。早く。死ね。死ぬしか選択肢は残されていない。」

 

手が震えた。

心の中で助けを求めた。

「ぼくは死にたくない。」

 

 

「僕みたいな人間でも尊い存在なんだ。」

「神様がそうおっしゃってくださっている。」

 

 

「助けてください。」

「お願いです。」

「僕は大切なそんざい。」

 

 

「死んではいけないよ。」

「死んではいけない。」

「僕は大切な存在なんだよ。」

 

 

頭を抱えてその場でうずくまった。

 

 

2017年10月27日。

僕はどうしたらいいのかわからなくなっていた。

 

 

 

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日本でもダメ、フィリピンに行ってもダメな俺。

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  気分転換に髪を切りました。現在フィリピンに帰国中。

 

 

 

僕は大学4年時にはようやく勉強の仕方がわかってきて、成績も上がりだした。

 

 

しかし、4年間の学生時代をトータルすると成績は学年でも真ん中の下ぐらいだろうな。

でも友達全員が就職できたのに、自分だけまだ就職が決まっていないという事実にかなりへこんだ。

 

 

まさか自分だけが就職が決まっていないなんて思ってもいなかった。

他の連中も同じだろうと思っていたから、のんきに構えていた。

 

 

連絡をしてきた3人はどちらかというと学生時代ふざけていた連中だった。

だから余計にショックが大きかったんだ。

 

 

しかも、誰もが入れないような有名な企業に就職できたことが、さらにショックを大きくした。

僕なんかどう転んでも入れない会社だから。

 

 

そしてきわめつけは日本人の彼女ができていた事。

写真をみたら誰もがうらやむような美人だった。

 

 

フィリピン人男性が日本人の男でもうらやむような素敵な日本女性のハートを射止めた。

「なんでだよ?」と日本人の多くの男性は思うだろうな。

 

 

このことについてはまた改めて、「僕が今感じている日本の外の世界」と題して書きたいと思うんだ。

 

 

それでかなり落ち込んだ。

しかも日本に来ている最中に、それがわかったもんだからもっとやばい精神状態になった。

 

 

日本で俺は徹底的に排除されていた。

学校の成績は一番下。

名前だけ書いてあとはさっさとお眠りタイムのテスト時間。

 

17歳でも二桁の足し算引き算ができないんだから、どの程度なのかはわかってもらえると思う。

 

 

そして、汚好き。

歯は磨かないから口を開けると・・・・・・・。

口くさあー。

 

 

鼻毛と耳毛が伸び放題。

ニキビだらけの顔面。

顔を洗わないから、いつも目やにだらけ。

 

 

風呂入らないは服を着替えない事。

だからカッターシャツの首回り・・・・・・。

 

 

服をちゃんと着ることができないので、前のチャックは開けっ放し。

 

 

しかもみんなが輪になって話に盛り上がっている中に乱入して、自分の好き放題話すもんだから、クラスの誰も俺を相手にはしてくれなくなった。

そのうち、みんなから嫌われるようになった。

 

 

それは日々エスカレートしていき、恐喝、万引きの強要、暴行。

それでも俺は頑張って学校に行っていたんだ。

だって、学校って楽しいじゃないか。

 

 

授業中に誰かが言った一言にクラスがどっと受ける瞬間!!

俺はあの瞬間が大好きだった。

 

 

さすがにバカな俺でも、だんだんとみんなは俺を毛嫌いしているとわかってきた。

 

 

「お金を持ってきたら、仲間に入れてやる。」と言われたので、親の財布からお金を盗んで、不良グループのリーダーにお金を渡した。

 

 

でも要求は一度では終わらずに、日常的になり、金額も増えて行った。

 

 

それで、俺はもう疲れ切ってしまい、学校に行けなくなってしまった。

 

 

そんな日本におさらばして、「誰も俺を知らない。」「俺の知っている人は誰もいない」日本から3000キロ離れた島にたどり着いたんだ。

 

 

「ここで再起を決する。」

それから7年間必死に毎日頑張った俺。

 

 

その結果がこれなんだ。

 

 

程度の悪いアスペルガーな俺は、結局日本でも必要なし。

そして、フィリピンからも「お前を必要としていない。」とはっきりと言われたんだな。

 

 

「やっぱ、死ぬしかないか。」

昔、俺がささやいていたあの言葉を吐いた俺がいた。

 

 

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僕はフィリピン人に負けたんだな。ヒロ

 

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また長い時間ブログを書かない日々が続いた。

まあそれだけ忙しくしているということなんです。

自分の部屋に帰ったらバタンキューです。

 

 

今年もあと2ヶ月を切りましたが、ここに来てますます忙しくなっているサポートセンターです。

年内にあとお二人がフィリピンに来られます。

 

 

ここでもう一度人生をやり直そうと決断された人たちです。

 

 

うーん、年々なんかサポートセンターは勢いをましていますな。

いいことなんでしょうけどね。

 

 

で、おいらのことです。

はい、程度の悪いアスペルガーな僕です。

日本に帰って滞在していた時のことを思い出して書きます。

 

 

ちょうど10月はじめに大学時代に仲良くしていた連中からひさしぶりの連絡が入りました。

3人からでした。

 

 

そのうちの1人は本当の同期入学の友達です。

僕は1年留年していますので。

 

 

在学中、仲の良い連中は20人近くになりますが、ほとんどは大学卒業時には就職が決まっていました。

 

決まっていなかったのはおいらとその3人だけでしたね。

まあその3人はそんなに勉強もできなかったので、「順当だろうな」って思いました。

 

 

その3人が就職していたんです!!

大学の卒業から半年がたちます。

その半年間、180日間彼らは頑張っていたのです。

 

 

就職浪人は俺1人か!!

 

 

最初1年先に卒業した奴から連絡が入った。

「ヒロ、連絡が遅くなったけれど、俺今日本で働いている。」という報告を聞いて、心から良かったなと思ったおいらです。

 

 

しかし、「日本の◯◯に入社した。」と聞いた瞬間。

「嘘だろ。なんでお前が入社できたんだ。」と暴言を吐いてしまいました俺です。

 

 

「ヒロ、人生一度は真面目にならなきゃいけないんだ。俺、お前には隠していたけれど、一生懸命日本語の勉強していたんだ。」

 

 

「それで卒業後日本語検定試練を受けて◯◯取ったんだ。」

 

「嘘だろう!!お前がか」

「で来年9月からフィリピン支社でリーダーとして働くことになった。」

「最高!!」

 


「日本最高!!給料めちゃくちゃいい!!食べるものなんでも美味しい。物を取られる心配ないぜ。」

 

 

「ポーン」とメール着信音がなった。

開いてみるとそいつと日本人の女の子のツーショットだった。

「まさか、まさか」心でそうつぶやいた。

 

 

「おい、今送って来たの、お前の彼女か」

「そうだよ。日本人の彼女」

いつのまにか日本語で流暢に話している!!

 

 

俺は心臓をぎゅーっと掴まれている感じがした。

体を海老みたいに丸めた。

とても可愛い。

その可愛さが俺の心臓を突き刺した。

 

 

呼吸ができなくなった。

死ぬんじゃないかと思った。

電話を切った。

 

 

手が震えた。

体全体も震えている。

握りしめた拳を思いっきり机に叩きつけた。

 

 

今すぐこの世から跡形もなく消え去りたいと思った。

 

 

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自分の頑張りが誰かの希望に 東大

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希望を持ってくれるためならば、恥ずかしいという気持ちも封印です。

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どんなことでもやってやる」と思えるようになった自分が不思議です。

 

 

 

東大です。

 

 

僕は今日本で学校に行っています。

その学校の授業も11月中旬で終了です。

来春には就活を行い、就職を希望しています。

 

 

9月頃から授業数がへってきましたので、積極的にひきこもっている人たちへの訪問活動を引き受けています。

井上陽水の歌ではありませんが、「東へ西へ」と歩き回っています。

 

 

昨年の12月に僕がサンタの格好で訪問した人が、自分の部屋からでる決意を先月されたのです。

1年と少しの間の訪問でした。

多くは俊介さんが担当していたのです。

 

 

その人が自宅を出た後で、初めてお会いした時、なんだか不思議な気持ちがしました。

ドア越しに話しかけた時、「どうか前向きな気持ちになってください!!」と念じるような思いでした。

 

 

その人が今目の前にいる。

「感無量」とはこのことでしょうか。

思わず僕は、彼の手を取って硬く握り締めてしまいました。

 

 

と、同時に少し涙が出てしまったのです。

 

 

「良かったな。本当に良かった。大丈夫だよ。もう不安になることはないからね。」

そう声に出して言ってあげれば良かったのですが、恥ずかしくて胸の中で囁いただけで終わりました。

 

 

どうも、青木のようにはいきません。

 

 

その人はすでにフィリピンに渡り、朝9時から英語漬けの毎日を過ごしています。

 

 

みなさんに彼の日々の写真を見ていたたければ彼の今の気持ちがわかっていただけるのですが、プライバシーの観点からお見せするわけにはいかないのです。

 

とても残念です。

 

 

10年近くひきこもっていた彼です。

その彼が変わったのです。

わずか数週間で変わったのです。

 

 

いいえ、彼は10年間変わりたいと思い続けていたのです。

しかし、どのようにして変わればいいのかわからない。

高校しか出ていない自分はもう手遅れだと思い込んでいたのです。

 

 

そんな人たちには実際に変わった人、先ゆく仲間がその方法を語れば良いことに僕はようやく気づいたのです。

 

 

僕が30年間ひきこもっても、希望を捨てずに前向きに歩んでいる姿に、彼らが希望を見出してくれるのです。

 

 

僕の頑張りは、僕だけのものではなかったのです。

 

 

「もう同じ場所には戻りたくないですね。」

「どんどん色々なことをしていきたいです。」

 

 

「場所を変えてやり直そうと、訪問してくれた人たち全員そう言ってましたね。」

「ここに来てその意味がわかりましたよ。」

 

 

「東大さんはすごいですね。30年間近くひきこもっていて、そして今は57歳なんですよね。でも就職のために学校に行っているんですよね。」

「それを思うと、失礼ですけれど、僕には大きな希望がありますね。」

 

 

「東大さんって婚活もしていらっしゃるんですか?」

「彼女の写真が見たいです。」

 

 

最後の一文は余分ですね。

しかし、僕が結婚すればまた多くの人に希望をお伝えすることができるんですね。

もうひと頑張りしましょうか。

 

 

深まる秋に家族が欲しい古老が独り。(BY ヒロ)

 

 

短歌でも俳句でもないけれど??

 

 

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受け継がれるバトン。ヒロ

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東大さんが書いたブログが受けた。

事務所に行ったらブログの話で盛り上がっていた。

あそこに書かれてある青木さんは青木さんそのものだから。

 

smilehousejapan.hatenablog.com

 

 

みんなで「ツルピカドンあるある」をやった。

さらに事務所に爆笑の渦が巻き起こった。

「ほんと、あの人おかしいよ!!」

「おかしな人だよな!!」

 

 

口々に皆んながそう言った。

爆笑が治ると。

急にシーンとした雰囲気になった。

 

 

誰も話さなくなったんだ。

皆んなが顔を見合わせた。

 

 

古参のスタッフが話し始めた。

「最後の場面に泣いたな。」

 

 

「僕にも同じ話をしてくれましたよ。大丈夫だよ。」って

中堅スタッフがそれに続いて話した。

 

以下東大さんのブログからの抜粋です。

 

 

背後から青木の声が聞こえて来た。

それは4年前に僕が青木から幾度となく聞かされた言葉。

「だいじょうぶだよ、大野さん。大丈夫。」

 

 

2017年◯月◯日深夜

青木は違う人にまた希望を語っている。

 

 

雨足が強くなって来た。

体だけは大切にして欲しいと心から願ってぼくは家路を急いだ。

 

 

次から次へとそこに居合わせた人たちが口を開く。

スタッフや支援を受けている人たち。

 

 

そこに居合わせた5人が5人ともハゲに救われたんだ。

もちろんこの俺も。

 

 

30年間休まずに希望を語り続けるハゲ。

どれだけの人たちがこの男によって救われたのか。

 

 

「あの人に会っていないなら僕は多分この世に存在していないと思う。」

 

 

「俺は人を殺めていただろな。」

 

 

「東大さんのように30年間もいやそれ以上にひきこもり続けていたかもしれない。」

 

 

目を手で覆っている人もいる。

 

 

「勘弁してくださいよ。朝からなんですか、この雰囲気?」

「お通夜の席みたいじゃないですか」

「あの人は、核戦争が起きても死なない人でしょう!!」

 

 

「もしかしたら、今から僕、遠くに訪問なんですからね。」

「こんな気持ちが下がってどうやって訪問に行くんですか。」

 

 

少し怒れてきた。

 

 

「思ったんだ。僕たち皆んな青木さんからバトンを受け取ったんだよね。」

「希望という名のバトンか」

「そして僕たちはそのバトンを訪問している人たちに渡そうとしている。」

 

 

 

「そんなこむずかしい話はどうでもいいわ。」

「それより俺のこの腫れた目はどうすればいいんですか。」

「今日は訪問なんですって!!」

 

 

「おはようございまーす。」と東大さんがすうーっとあらわれた。

「あれ、皆んなどうして泣いているの。」

 

 

「あんたのせいだろが!!」

 

 

キョトンとしている東大さん。

今日も一日が始まった。

 

 

また明日。

 

 

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30年間ひきこもっていた50代さんが再びフィリピンにやってくる ヒロ

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50代さんが再びフィリピンにやってくる。

今は毎日必死に英語を勉強している。

サポートセンター内でのスタッフ達との会話も英語にして欲しいとのことなんだ。

 

 

さらなるやる気が見えてきたんだ。

すぐにフィリピンに行くのではなく、何回も回数を重ねた後にやがて永住ということになる。

 

 

それが50代さんのやり方なんだ。

今回の日本滞在でもお会いしましたけれどね。

なんか前回よりも普通になってしまっていました。

 

確かほんの3年前ぐらいは大変だったんですよね。

それが普通の人になった。

 

 

他の50代でこの社会で仕事をし続けて来た人たちと比べるとなんか違和感はありますけどね。

 

 

でも、30年間ひきこもっていた人ですよ。

その人が今は働く練習をしていて、時々はお金を実際に稼げるようにまでなっている。

それだけでもすごいことではないでしょうか。

 

 

3年後には経済的自立と一人暮らしを始められるようにと、自立のためのプログラムは組まれていてそれを淡々と日々こなしているんです。

 

 

そんな必死な50代さんを見た俺は改めて燃えましたね。

 

 

「負けてたまるか!!」って。

何もしないとこうなっていたんだ。

でも俺はまだ30手前だ。

 

 

海外の大学を出ているよ。

自慢じゃないが英語はフィリピン人よりうまいよ。

他の言語も少々たしなむんだ。

 

 

大丈夫だ!!

大丈夫だよ!!

大丈夫なんだ!!

 

焦る必要なんて何もないんだ!!

 

 

そう自分に言い聞かせる。

「でも何も焦っていないよ本当は。」

「そうだよ。焦っていないじゃん。」

 

 

「ハハハハハ。」

「ハハハハハ。」

 

「結婚できるよ。」

「そうだよ、できるんだ。」

 

こどもは3人欲しいな。

3人の子どもたちを東京ディズニーランドに連れて行ってあげることが俺の夢なんだ。

 

 

目を丸くして叫ぶ5歳の娘の顔が浮かぶな。

「キャー!!」

 

 

その様子を見ている俺と奥さん。

そんなことを想像するだけで涙が出てくる。

 

 

俺は幸せになれるんだ。

頑張ったから。

がんばれたから。

 

たくさんの人たちの応援をいただいて俺はなんとかここまで来させてもらった。

それを忘れるんじゃないぞ!!

 

 

今度はお前が他の人たちを支援する番だ!!

受けたご恩はお返ししないといけないんだからな。

 

 

程度の悪いアスペな俺ですが、頑張っていきますんでこれからもよろしくお願いします。

 

 

 

また明日。

 

 

 

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